その1「冷凍車」

「専務、ちょっといいがい、頼みがあんだけんどさ・・・」

配車係の町野正次郎が事務所2階にある村井達也の部屋に顔を出したのは、もう7時半を回っていた時間だった。
お盆も過ぎて、夏の峠は越したかに思ったが、今夜はまた蒸し暑い熱帯夜だった。

「おう、正次郎さん、なんだい、頼みって? ひょっとして、これがい?」

達也は両腕でトラックの水平ハンドルを回すジェスチャーをする。

「専務、わりーなあ、今夜これがら専務のフリーザー出してほしんだけんどよ・・・いいがい?」

「おう、いいどもさ、最近客回りばっかで、ストレス満タンだっぺよお!」

宇都宮市内にある(株)村井運送の社長の長男の達也は、いまでこそ、白いYシャツに社名の入った紺の綿ジャンパーを着て、満面の笑顔で得意先を飛び回る、専務の肩書きを持つ営業マンだが、8年前は栃木、茨城、埼玉の3県を牛耳っていた広域暴走族「北関東爆風隊」の若き頭だった。

帽子をかぶっているのかと思うほどの前につん出たテカテカのリーゼントに、くるぶしまで届くような緞子で裏地はシルクの竜虎の刺繍のあるヨーランをまとって、国道
4号線のバイパスを旧型のカワサキZ-IIでパトカーとチェイスしていたなんてことは、村井運送店でも古参の正次郎達数名しか知っていない。

彼がこの
5年間で村井運送の売り上げを3倍にした実力は業界でも周知であり、もう誰も彼をバカ息子呼ばわりするものはいなかった。

しかしながら、その筋では「宇都宮のかっとびのタツ」と聞けば今でも誰でも聞いたことがある伝説の男なのであった。

今から
10年ほど前、茨城県霞ヶ浦の旧予科練第三飛行場跡地で繰り広げられた、新横浜を縄張りとする「横浜銀蛾M軍団」と「北関東爆風隊」との10時間に及んだ熾烈な戦争は、今でも伝説として語り継がれているが、その「かっとびのタツ」が今はどうしているかは、今のガキの暴走族は知る由も無い。

「そんで、どごさ何を運ぶんだい?」

「それがよおーーー、ちっいと言いにぐいんだけんどさーー」

と、町野は口ごもる。

「なんだよ? 正次郎さん、まさがあ、死体を運べとでも言うんじゃないっぺ?」

「え!、なんでわがんの?  じづはその通りなんだっぺ」

「えーーー!」

「いやさあ、専務も知ってと思うけんどさ、会津の猪又組の親分がよお、昨日銀座で飲んでて倒れて、そのまんまさ、逝っちまったさ・・・」

「えーー!猪又組長ががい?」

「そうなんだよお、そんでえ、今日、本郷で仮通夜やって、明日は組長の田舎の会津板下町で本通夜、葬儀、っていう手はずらしいんだ」

会津の猪又組長には達也が暴走族の時代に散々世話になった。いまどき珍しい本物の昔気質の任侠で、多くの人に慕われていた歴史に残りそうな人物であった。

「そんでえ、若頭の祝口がよお、さっき俺さ電話かげできて、本郷の寺から会津板下町まで、是非たっちゃんのあの車でニギニギしく、どハデに、親分を送り届けてくんねえが?って、ま、ご指名なんだよ」

「そおっが・・・親分がなあ・・・・ ヨッシ! 俺さ任せろや、久しぶりに車引っ張り出して、親分の家までちゃんと俺が送り届けてやっぺさ!! まがしとげって!!」

「専務、んでえ、時間がねえんだよ、すぐ行ってくれっか?」

「おーーし、んじゃあ、いぐべえ!」

と言うと、達也はいきなり紺のジャンパーを脱ぎ、床に叩きつけると、部屋の隅にあった古びたロッカーの扉を「ばん」と足で蹴り上げた。 観音開きのスチールの扉が思いっきり開いた。

中には真っ白な長いシルクのマフラーと、光り輝く刺繍がちりばめられた「ゾク」の戦闘服がかけてあった。

それをばっとまとうと、どかどかと階段を駆け下りて車庫のほうに走ってゆく。

正次郎も慌ててその後を追う。

村井運送は宇都宮市内でも急成長した運送会社で、1.5トンから10トンまでの大型トラックを30台も所有し、従業員もここ3年で50人を超えた。関東でも大手の運送会社である。

トッラクヤードには大型トラックが並んでいるが、立ち並ぶトラックの間を達也は走ってゆくと、その駐車場の一番隅に、鉄のシャッターで閉ざされたプレハブの古びた倉庫がぽつんとひとつだけあった。

達也がシャッターをガラガラと開けると、中には4トン級のアルミコンテナを後方にしつらえた保冷車が一台あった。達也が白いマフラーをひらめかせながら、ばっと運転席に乗り込む。 

「るるる・・・」とセルが回った。 「どどっ」と腹のそこに響き渡るようなエンジン音が車庫内に響き渡る。 
そして、「ばん!」と大きなブレーカーの音がしたと思ったら、「ばばっば」とまばゆい光が車庫内を一杯に埋めた。

「ごーごー」と車庫から光の束に包まれた保冷車が出てきた。

正面から、ドア回り、コンテナの隅からスミまで、そしてタイヤのホイルにも・・・

赤青黄色、満艦飾のデコレーションのイルミネーションが点っており、無数のストロボがばっばっと点滅する。

こんなデコトラ・・・・そういえば一昔前は街で見かけたような気もするが、今は見なくなった。
コンテナの壁面には零式戦闘機と若鷲が並んで飛んでいる大きなエアブラシ画が描かれている。飛行機好きでなくとも息を飲む美しい絵であった。

「うーーし、じゃあ、正次郎さん、確がに、すごと引き受けた!」

と、運転席の窓が開いて達也が言う。

正次郎はデコトラの明かりが眩しくて達也の顔がよく見えなかったが、10年前の精悍な達也の顔つきがそこにあったことには気が付いていた。

「じゃあ、せんむーー、たのんだでーーーー」

「いくどーーーー」

ボロロロロ・・・・・・という轟音を残して火の玉のようなデコトラは走り去っていった。

達也は一旦高速で都内に入り、親分の棺を冷凍室に固定すると、また東北道を取って返し、北へひた走っていた。
子分集は殆どが既に出発しており、達也のトラックはなるべく早く付けてくれ、という条件だけで、「すぐ行ってくれ!」といわれ、単騎で飛びだしたのだった。

近年では地方の高速道路の延長はすさまじい勢いだ。いつのまにか枝葉のように幹線高速道路から地方へと延びているのには驚かされる。

福島県から磐越道路に入り、ひとしきり走ると、奥会津に行く高速が出来ていた。

会津板下町(ばんげまち)は奥会津の片田舎で、昔ならラフロードを相当走らねばならなかったが、見事な高速道路がどんどん続いていた。

しかし、この道路はあまりにも不気味だ。何も車が走っていない。おまけに暗い。ヘッドライトをアッパービームにしているが、デコトラを輝かせている無駄な消費電力は前方を照らすのには何の役にも立たないのである。
カーブを曲がりきると突然道路が消えるのではないかのような不安がよぎる。

枝線入ってから、5分もしないうちに中央分離帯のある対面通行路になってしまったが、先行者も後続車もいないから、とっとと時速100kmで走る。

おそらく、道路の外から見れば、何にも無い真っ暗な山中を火の玉が走っているように見えるだろう。でも、やっぱり運んでいるものがものだけに、こんな真っ暗闇をいくら火の玉車でも、なんだか怖いと達也は思った。
旧式のカセットテープをがちゃっとコンソールに突っ込むと、運転席の屋根に備え付けられた大型のトランペットスピーカーから、北島三郎がどなり出した。

大音響で唸りながら、火の玉が山中を疾走する姿は尋常ではない。

時間は2時半、トイレにも行きたくなってきたし、腹も減ってきた。しかし、Pマークが行けども行けどもない。やっと、「2km先**パーキングエリア」の表示。

車を広々としたパーキングの駐車場に乗り入れる。

るるる・・・・・っとエンジンを切って、ばっとデコトラの照明を消すと、達也は

びっくり驚いた。 広い駐車場に車が一台もないって、どういうことだ!

幹線高速じゃあないから、トラック野郎が仮眠もしていないのか・・・

うどんそば、ぐらい24時間営業していると期待して入ったが、ここは東名高速じゃあないわ・・・

一体ここはどこだ? 異次元に迷い込んだのか?

唖然として、達也は周りを見回した。都内の熱風はそこには無く、ひんやりとした冷風が達也の頬をなぜた。

何が怖いって、ひっとっ子一人いない広々とした高い天井のトイレに踏み込むと、冷たいタイルの床に自分の靴音だけが響く。
昼間の休日などは大勢の人で賑わうパーキングエリアも平日の夜間は不気味な空間でしかない。

栓を閉め忘れたのだろうか、流しっぱなしにされた手洗いの水音が異様に響いていた。

小便をしていると、背後から何者かが、「ぐわっ」と出てきて、襲われそうな気配を感じて、Tシャツ一枚の素肌に鳥肌がたった。

ひんやりと山中の空気が冷たく、心地よいけれど、8月なのになんだか寒々とさえ感じる。

学校とか、病院とか、大きな建物の夜半の無人状況というのは、とっても恐怖心を誘うのである・・・。

この広いエリアに今いるのは俺と親分の亡骸だけと思うと、鳥肌がたって来た。

トイレを済ませて、ぶるぶるっと身震いをして、誰もいない構内を歩く。自販機になにか温かいものがあるかもしれない。

ガラスの自動ドアが音もなく開いた。

自販機が立ち並ぶコーナーは、省エネかどうか知らんが、明かりが半分も点いておらず、相当薄暗いではないか。切れ掛かった点滅する蛍光灯に蛾が群がっている。

数歩中に進み、自販機を確認していたときだった・・・・

背後から人の気配も何もなかったのに、突然

 

 


  「〜〜っしゃいませ〜〜・・・・・・」


と不気味な声がかかった・・・

 

ぎゃ〜〜・・・・!!!!」 と叫び、達也は思わず飛び上がった。

 

 

くそ憎だらしい、自販機のセンサーが働いて勝手に「いらっしゃいませ」だって・・・

やめでよ!! 心臓が止まるがと思ったべ。 余計なお世話だっての・・ああ、怖がった・・・。




    ま、Level1だから、こんなもんだべ・・・・でも、ばがにすっと、まじにやばいっすよ
    次はLevel2にいってみっぺ


    それから、「かっとびのタツ」のこの話は又今度続編を書くから、今回はしりきれトンボだ・・・ごみん


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