梅川哲也は今夜もいつもとは違う道を帰ってきた。
このアパートに引っ越してきてまだたったの二週間目だから駅から帰る道順は毎日のように変わる。まだ理想的な道順が決まっていないのだ。
五反田から出ている東急池上線の御岳山(おんたけさん)という駅は東京都大田区にあって、都心にも近いけれど、随分と下町である。
今日は1ヶ月かけて作った大型ソフトを客先に納入して、動作も十二分に確認し、先方の社長からもお褒めとねぎらいの言葉を戴き、うきうき気分で早々帰ってきた。
このところ連日徹夜状況で2,3日ろくに寝ていない。
「今夜はビールでも呑んで早く寝よう、明日は遅出だし、ゆっくりしよう・・・」そんな事を思いながら、商店街を抜けて路地を左折する。
こっちのほうが多分近道のはず・・などと思いながら、ポケットから煙草の箱を取り出し、マイルドセブンを一本引き抜いて火をつける。
ふーっと煙を吐き出すと、このところの疲れが思い出したかのようにどっとやってきた。
細い路地を進むと、突き当たりはちょっと広くなっていて、2丁目の公民館があった。
随分古びた公民館だが、この街にはもっともだと言った感じの建物でもある。
手前の駐車場にテントが張ってあり、人がたくさん行列をしている。
どうやら、通夜のようだ。 町内のどなたかがお亡くなりないなったのだろう。
この土地の人間じゃあないから、関係ないし、正直言って嫌なところを通っちゃったなあ・・・と哲也は思った。
下を向いて通り過ぎ、公民館の角の路地を右折しようとすると、角に誰か立っていた。
白っぽい浴衣のような寝巻きのようなものを着た老人で、うつろな目をして公民館の方向を呆然として見ている。
哲也はささっと通り抜けようとしたときだった。
「もしもし、すみません」
その老人が声をかけた。
「は? なんですか?」
「あのう・・・大変恐縮なんですが・・・・あのう・・・」
「はあ? なんですか?」
「あのう・・・ちょと火を貸してもらえませんかねえ・・・」
「ああ、いいですよ」
と言って、哲也はくわえ煙草のまま、ライターをポケットから出して、差し出す。
「あのう・・・」
「は? なんですか?」
「いや・・・良く考えたら、私ね、煙草もっていなかった・・・・・」
全く、ぼけ老人じゃんか・・・・めんどくさくなって、哲也は
「これでよかったらどうぞ」
と言って、マイルドセブンの箱から一本を少し引き出して、老人に薦めた。
老人は、とてもうれしそうな表情になり、
「いやあ、ありがたい、すみませんねえ」と言う。
マイルドセブンをくわえた唇になぜか色がない。
ライターをこすってやって火を近づけると、老人の顔は随分と蒼白である。
あんまり具合が良くなさそうだった。
「煙草なんか吸って、大丈夫なんですか?」哲也は心配になって、思わず尋ねた。
老人は一気に吸い込んで、ふーっと紫色した煙を吐き出した。
「いやあ、美味い・・・」蒼白な顔面の目が細くなった。
「いやあ、何年ぶりかなあ・・・」
なんだか、誰に対して喋っているのかわからない目線なので、ま、とにかく早々に引き上げたい。
「じゃあ、おやすみなさい」
といって、哲也はその場を去った。
翌日は昼前まで現場に行けばよい手はずだったから、哲也はゆっくり起きだして、正午前にアパートを出て、駅へ向かった。
また、道順がわからなくなって、適当な方向に歩いていった。駅前の商店街の路地はまるで迷路で、むしろ夜のほうが飲食店の明かりが道しるべになるが、昼間は方向感覚を失う。
角を曲がると、夕べの公民館の広場に出てしまった。
「いけね・・・」と思った。
ちょうど葬儀が終わって、出棺の場所に出くわしてしまったからだ。
人が一杯いて、前へ進めないし、知らん振りも出来ないので、他人にまぎれて合掌もする。
先頭の喪主と思われる男性が故人の遺影を持ってこちらに進んできた。
写真の顔は間違いなく、昨夜の煙草の老人の顔だった・・・・・
「完」
その2 煙草
ま、Level2っても、こんなもんすね・・・
がっかりしないで、先行ってよ・・・
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