暮れも押し詰まった12月の日曜日、昼前に起きた私は、柔らかな日差しが降り注ぐ庭のデッキでコーヒーを飲んでいた。

東京の12月、1月は毎日が晴天であり、私の好きな季節である。 

世界の都市を回って歩いたが、欧州や北米東海岸の主要都市の冬は、暗くて寒く、辛い季節の印象があった。

東京という首都は、真冬といえども、お天気の良い日の日中は気温も上がって、風もなくコートも要らない小春日和が続くときがある。

 

東の方角から、4発プロペラ機特有の爆音が聞こえてきた。

横田基地を飛び立ったC130輸送機であろう。

そちらのほうを見ると、真っ青な空に飛行機雲が一筋伸びていった。

その飛行機雲の下の方にふと視線に入ってきたのは、高く伸びた梢の先に空を見上げるようにした一個の薔薇の蕾であった。

それは、我が家の狭い庭の東端に押し込められた、1本のブルームーンの枝の先にあった。

我が家の狭苦しい庭には、いろいろな花々が植えられているが、カミさんが全て手入れをしている。

私は薔薇の苗木ばかり買ってはきては空きスペースに植えてみたが、手入れをしないので、害虫にやられ、黒点病やうどん粉病になり、まともに続けて育っていなく、いつも文句をいわれている。

「手入れが自分で出来ないのなら、薔薇なんか買ってこないで!」

彼女の言うとおりである。

最近は、南フェンスのピンクのつる薔薇も処分して、南側に3-4本の四季咲き薔薇を植えているだけである。

四季咲きなので、上手く肥料をやって可愛がってやれば、春夏秋と花を付けるが、さすがに12月の真冬は、四季咲き薔薇たちも冬篭りである。

ところが、東側のヒバの立木の間に、押し込められるように植えられていたブルームーンが蕾をつけているではないか。

このブルームーンは、この家に越してきて最初に買った苗木であったが、もはやその存在すら忘れていた薔薇であった。

2本の剪定された苗木をホームセンターで買ったのは、ここに引っ越したばかりの年の5月であっただろうか。

「大輪で、四季咲き、強い芳香と、淡い紫色」添えられていた写真の美しさにつられて、生まれて初めて薔薇の苗木を買ったのが、このブルームーンであった。

木で出来た長方形の大き目のプランターに、マニュアルに従って、牛糞だの腐葉土だのと丁寧に敷き詰め、買って来たブルームーンの2本の苗木は植えられ、ウッドデッキの南側軒下の特等席にそれは置かれた。

苗木はすくすくと育ち、沢山の大きな葉をつけた。

花が咲くのを楽しみにしていたが、その年は枝が2階の窓まで伸びただけで、全く蕾をつけなかった。

冬には強剪定して、短めに切り詰め、翌年も花を期待したが、他の薔薇はどんどんきれいに咲いたが、このブルームーンは葉っぱばかりの薔薇であった。

2年ぐらいは特等席にあったが、「花の咲かない薔薇はバラじゃない」とばかりに、一旦西側に植え替えられたが、虫食いにあってぼろぼろになり、1本は駄目になってしまい、残りの1本は可愛そうなので、とりあえず、東側の2本のヒバの木の間に隙間があったので、そこに植え込んだのが、2年前であっただろうか。

それから、おそらく殆ど肥料ももらえず、放置状態で忘れ去られたブルームーンであった。それが突然、なんの花も咲いていない暮れも押し詰まった12月に、突然のように蕾をつけたのである。それもたったひとつ。

蕾の先には、少しだけ真っ赤な花びらが詰まった部分が天を仰いでいる。

ブルームーンは淡い紫色のはずだったが・・・・

さすがに寒い日が続いて、それから2週間たってもその蕾は膨らもうとはせず、現状を保ったままであった。

薔薇関連の本を調べてみると、ブルームーンについて、育てた人がこんなコメントをしていた。

「ブルームーンは本当に気難しい薔薇で、咲かせるのは至難の業です。5年もかけて育てて、やっと花を咲かせたときの感動は今でも忘れません」

なんと、そういう薔薇であったのかとため息をつく。

しかし生き物の生命力と言うものは大したものである。

ほおって置いたにもかかわらず、そして、こんな12月に咲こうと頑張っている姿は、なにか弱気になっている私にも「頑張れ」と言っているような気がしてならなかった。

 

そして、大晦日には東京地方を大雪が襲った。

青梅の高台には、なんと雪国のように30cmの雪が積もって孤立状態になった。

のんびり雪見の正月も悪くはないと、雪景色の写真を撮っていた私であったが、あのブルームーンはどうなってしまっただろうかと、はっと気がつき、庭の東側へ行ってみた。

かのブルーンムーンの蕾は、相変わらず同じ形のままで、頭に雪を被って凍えていた。

このままではどうせ開かずに凍死してしまいそうだった。

大晦日の夕方、思い切って、蕾の付いている枝下から30cmぐらいで切り取って、暖かい居間のテーブルの一輪挿しに差し込んだ。

葉は活き活きしていたが、蕾の先の赤い部分は壊死状態で色を失っていた。

明けて元旦、起きだしてみると外は一面の雪景色、晴天。

そしてテーブルのブルームーンはとみると、蕾が一気に膨らみ始めて、幾重にも重なった花びらがのぞいているではないか。

じっと寒さにも耐え、雪にも我慢していたのであろうか、この暖かい日差しが差し込む居間の花瓶の中で、ブルームーンは5年の歳月を越えて、今たった一つ花びらを開こうとしていた。

そして、元旦の午後にはチューリップのような形で、ピンク色の花弁が5部咲き、正月3日には大輪の淡い紫色のブルームーンが遂にその姿を現した。

幾重にも重なった花びらは、淡い薄紫色で、直径10cmものバランスの取れた美しい姿に感動。

たった一つなのに家中にその芳香を振りまき、存在感を示してくれた。







 

薔薇が咲いた