芝山 稔はその晩も8時過ぎまで残業してから、代々木上原の駅前の立ち飲み屋でいつものように冷酒を一杯だけ飲んで小田急線に乗った。
ちょっとは酔っていたのかも知れないが、もともと酒は強いほうだし、長距離通勤の電車に乗っている間に大体覚めてしまっているから、酔っ払いで帰宅ということはまずない。
相模大野から小田急江ノ島線に乗り換えて、自宅のある鶴間の駅まで着くのになんだかんだと都心からは一時間はかかってしまう。
朝はまだ直通があるのでいいが、帰りは時間がかかる上、疲れもどっと来るから、一杯やらないととても帰れない。
まあ、どっちかと言うと帰宅拒否症候群なのかもしれないと、芝山は、マンネリ化などという言葉をとっくに通り越した25年間の夫婦生活を振り返っていた。
なんだか蒸し暑いというより、熱い風が吹き付けているような夜だった。
鶴間駅に着いたのは10時半を回っていた。まあ、芝山にとってはそんなに遅い時間でもない。
いつもの坂道を登ってゆく。
全く、この坂を夜に歩いて上ってゆくやつなんかいりゃあしない。
何故って、この坂の上には斜面にへばりつくように芝山の家を含めた10軒の家しかないからだ。車だって、わざわざこの道を迂回しながら通る必要性は全くない。
坂を上りきったところにある公園前の広場に止まっている車なんかは大体カップルが車内で抱き合っているだけだ。
ましてや、この時間になると人も車もいやしない。
山に住む狸が道の中央でうずくまっているのを芝山は何度か見たことはある。やつらは夜行性だ。狐はいないが、テンとかリスとか、狸の家族とかは結構この近所には生息している。
鶴間駅から線路沿いの路地を隣駅の大和駅方向に100mほど行き、小さな花屋の角を左に曲がり、小田急線をまたぐ車一台がやっと通れるぐらいのブリッジを渡ると、道は右ドッグレッグに曲がるが、その正面にははやらない居酒屋があり、そこから急な登り坂になる。
左側に市営の体育館とテニスコートがあり、夜も8時ごろまでは練習する人で煌々と明かりがついて賑わっているが、9時過ぎるととたんに真っ暗になってしまうところである。
この坂道の嫌なところは、最初のカーブを左に曲がった右側の谷底は墓地だからだ。本当にすり鉢の底のような50m四方ぐらいの場所にお墓がぎっしりとある。谷底なので、夜はよくは見えない。
というより、見ないようにしている。
もともと一昔前まではこんなところに人家もなかった場所だ。
芝山の成人した二人の娘も帰宅が遅いが、夜は絶対にこの道は通らないと言っている。彼女達は一つ先の大和駅から商店街の道を通って山の反対側から帰ってくる。
でも、距離はこの坂を通るのに比べると2倍はある。
芝山は毎晩、最短であるこの道を帰る。気にしなければどってことないが、気にすると「怖ーい」道なのである。
昔からこの辺に住んでいる人の話だと、この谷の底に「ぽーぽー」っと青白い光が見えるときがあるとか、所謂「ひとだま」ってやつだろうか・・・・
今夜は体育館もテニスコートもすっかり明かりが消えてしまっていて、辺りは真っ暗になっていた。
いつもより更に暗いなあ、と思ったら、登りきった辺りの街灯が点いていない。球が切れたのだろうか。
生暖かい風が頬をなぜてきていた。
最初の直線登り坂を途中まで歩いてきたとき、芝山は息を切らせた。歳を感じた。一息ついて前方をふと見た、
そのときだった・・・・
30mぐらい先の、墓地が右手にある最初の坂道の頂上付近の道路の中央にそいつはいた・・・
道路は幅が6mあり、広いが、その道の真ん中の中央分離線あたりに、そいつはつっ立って動かず、こちらを凝視しているではないか・・・
真っ暗闇の中に白装束がくっきり認識できる。
白い着物の裾がひらひらと風に舞っている。
頭の辺りが「ぼー」と球状に光っているではないか!!
一瞬、芝山の息が止まった。心臓も止まりそうだった・・
幻覚でも夢でもない、間違いなく本物だア・・・・芝山は狼狽した。
30m先の行く手を亡霊がとうせんぼしているのだ。
右手の谷底の墓場から這い上がって来たに違いない・・・
よく見てみる。 そいつは30cmぐらい宙を浮いている。
あ、足がない。
地面近くをなにか小さく光るものが二つ飛び回っている。
と、そいつは突然「かくっと」小さくなった。 道の真ん中にしゃがみこんだようだ。
と、道に両手を付いて、四つん這いになって、辺りを這いずり回り始めた。
こ、こっちを睨み付け、こっちに向かってくるではないか。
「ぎゃーーーーーーー!!!」
いやあ、Level3.5ってとこだからね、ちびっと怖いんでないかい?
ちょっと、続きをみたいよねえ・・・・
んじゃあ 続きは ここだ!
その5 帰り道