週中から金曜夜遅くまで暴れまくっていた8月の大型台風が去ると、土曜日は朝から快晴を予感させるお天気だった。
昼過ぎに思い立って、釣り道具と天文機材を車に押し込み、久しぶりに長野県川上村の千曲川上流を目指した。
中央高速を須玉ICで降り、141号線から観光地の清里、野辺山を抜けると、川上村役場に抜ける立派な道路ができていたのには驚いたが、それぐらいここには来ていなかったということだ。
思えば、以前はここには春先から秋口まで、一年のシーズン中には何度も岩魚を釣りに来る場所だったが、左足が痛くなってからというもの、何年来ていないだろう。
4時過ぎに千曲川が見えてきたが、本流は台風の後で、案の定濁流が渦巻いて、釣り人は皆無である。
千曲川支流の金峰山川にある、いつもキャンプしていた堰堤上に行ってみると、水の状況は良く、イブニングには何か起きそうな予感があった。
随分昔のことだが、ここで夕方、すごいスーパーハッチアンドライズ(蜻蛉が一斉に羽化して川面を飛びまわり、魚がバシャバシャ跳ねまわること)に出会い、毛鉤で大岩魚を沢山釣った経験をしてからというもの、どうしてもそのときの夢のような一瞬が忘れられなく、この川上村の千曲川源流域に来ると、決まって夕方はここの堰堤上に立ってしまう。
でも、やっぱり、薄暗くなっても、ハッチひとず起こらず、魚の気配がなかった。
さて、7時に車を金峰山の中腹にある、廻り目平キャンプ場へ移動する。
キャンプ場入り口には、開閉バーの付いたゲートがあり、街中の駐車場にあるような機械で入場券を取って入ったところ、朝の6時まで600円で、それまで出入りは出来ないことが判明する。
中央の大駐車場にはほとんど車がなく、3つほどのテントが見え、家族が楽しいキャンプの夕飯時を過ごしている。
まだ8月の夏休み中であるけれども、昨日まで台風が吹き荒れていたからだろう。普段はもっとキャンパー達で賑わっている場所である。
駐車場広場の中央に立って、暗くなりかけてきた空を見上げる。
360全天が見渡せる大パノラマだ。
おまけに、上空の雲の塊は猛スピードで流れて、どんどん消えてゆき、絶好の天文観測日和になってきた。
天文観測は、随分ノウハウも習得して、天体写真もなんとか撮れるようにはなってきたが、この遊びほど実行するための条件が厳しくてイライラするものはない。
釣りなどは、今日のように多少増水していたり、雨が降っていたりでもなんとかなるものではあるが、天体観測はそうは行かない。
天体観測で写真を撮るためには、次の三つの条件が全て揃わないと、実行できないのである。
まず第一に、これはどんな遊びでも共通だけれども、基本的には自分の休日でなければならない。
第二に快晴でなければならない。天気が良くても雲が半分もあるようなときは、天体観測は駄目である。真っ青に晴れ上がっていなければ駄目なのである。
第三に新月であること。 新月とは、月が夜の間地球の陰に隠れて全くでないときを言うが、新月でなくても、夜半に月が出てこないのは一月のうちで5,6日でしかない。
月があると、月明かりが明るくて淡い星雲などの写真を撮ることはできない。
当然梅雨時とか春先とかは難しく、関東地方ではなんと言っても冬場は晴天が多いので、天文遊びは、寒い冬になってしまうことが多く、神経痛持ちには最悪の遊びであるともいえる。
今日、昼過ぎにあわてて家を飛び出してここまで来たのは、この3つの条件が揃いそうだったからであり、今まさにその3つの条件が夏場の最高のシーズンに絶好調に達しようとしていたのである。
飯を食っている暇はないと、大急ぎで天文機材を車から降ろして組み立てを始める。
9時も過ぎると、キャンパーの明かりも消えてゆき、あたりは真っ暗になってきた。
夢中で機材の調整をしていたので気がつかなかったが、ふっと空を見上げると、雄大な夏の銀河が東の空から登ってきた。
360度全天に雲ひとつなく、東の稜線まで無数の星がチカチカと輝いているし、周辺の大きな樹木の枝や葉の間からも星が見えて、まるでクリスマスツリーのようだ。
夏の星座もはっきりと認識できる。
青梅の天文台では、1等星の基準星は明るいのですぐ判別できるが、ここでは等級の低い星さえも輝いて明るく見えるので、どれが基準星なのか分からないほどだ。
こんな星空を見たのは久しぶりだ。やはり、台風が上空の塵埃を吹き飛ばしてくれたからであろう。
暫く我を忘れて星空に見入ってしまう。
幼い頃、生まれ育った田舎の家の庭先からは、いつでも夏の天の川を見ていたような気がする。亡くなった父が、縁側で私を膝に乗せて「あれが天の川だよ」と教えてくれたのは気が遠くなるほど遥か昔のことだが、ふと思い出したのは、琴座の中央にオレンジ色に輝く織姫星のベガを見つけたからだろうか。
さて、上空は北から南までくっきりと銀河が横たわり、すばらしい眺めだ。
でも、寒いのには参った。どんどん気温が下がり、Tシャツを二枚、長袖シャツ、ヤッケ、カッパまで着てもまだ寒くてどうにもならない。
これ以上車の中には着る物がないので、毛布でマントを作る。
8月だというのに気温6℃! さすがに標高1680m。
おまけにどんどん夜露が降りてくる。
何しろあれだけ雨が降ったあとだもの。
バックのトイレの明かりが気になるので、こっそりブレーカを切ってくる。
これで一応準備万端、10時ごろから星雲の写真を撮り始めた。
M31アンドロメダ大星雲は双眼鏡でも認識できる。
途中夜半1時過ぎから駐車場にどんどん車が入って来て、ライトの光がカメラに入ってしまうため、その度にシャーターを切りなおす。
「何でこんな時間に車がたくさん来るの!?」
どうも、日曜日早朝から八ヶ岳方面に登る登山屋さん達のようだ。
気が付くと、東の空が白みはじめて星座が見えなくなっていたし、20センチ反射望遠鏡の主鏡は気にしてはいたが、斜鏡が結露でだめになっていたのに気が付くのが遅すぎた。
最近ではデジタル一丸レフカメラで撮るようになったので、その場で良い天体写真が撮れたか、失敗なのかが判断できるようになったが、当時は銀塩フィルムのアナログカメラで、長時間バルブ露出で撮っていたので、フィルムを写真やさんに出して、現像が上がってくるまでどきどきものであった。
4時半に車で就寝。
朝7時にあんまり暑いので目がさめたが、良い天気だった。
多分写真は上手く撮れていないだろう。でもあれだけの星空を見たのは久しぶりだったし、よしとしようと思った。