JAIAで、夕方から、私の慰労会をやっていただけるということになり、工業会の会長以下6名で、会場から桜木町駅方向へ、ぞろぞろと歩いていった。
横浜桜木町近辺には何十年ぶりかで行ったが、外国にあるようなショッピングアーケードやら、動く歩道、69階ランドマークタワーに観覧車、帆船など、青梅の田舎者はきょろきょろするばかり。
「なるほど、ここはオヤジが並んで歩くところではなさそうだ」
何年か前に、東京BIGサイトの展示会の帰りに、男4人の背広姿で、お台場の砂浜を歩いて味わった屈辱感が、またよみがえってきた。
きらびやかな通りを抜けて、桜木町駅前から少し脇道に入っていった。
当夜の幹事は、工業会では奇人と言われている、K電気の宮本さん故、ちょっと不安はあったが、ご馳走してくれると言うのに、文句はない。
「綺麗なところじゃないんだけど、食い物はうまいよ。俺の爺さんの代からの付き合いのある小料理屋で、『小船』っていうんだ、もうすぐそこよ」
「ふむふむ、格調ある小料理屋へのご招待か、俺もボランテイアで資料も作って、講演してやったんだから、それくらいはあって当然」、なんて思ってついてゆくうちに、美しい街並みの中になにやら廃屋が一軒ある。
「なんだろう、ごみ捨て場?」
平屋で、瓦屋根が半分崩壊していて、ブルーシートで覆ってある。
建物の後方は全壊していて、雑多な生活用品の廃材が野積みされ、朽ち果てた板塀は大きく傾いている。 そして草ぼうぼうの中庭。
ふと見ると、傾いた板塀の角の支柱に、割れた蛍光灯カバーのある看板があり、切れ掛かった蛍光灯が点滅を繰り返しているが、「小船」と黒書きしてある。
「えっ!うっそう!」
看板のある板塀から雑草の生い茂る通路を歩いて行き、玄関らしきガラス戸を開けると、「いらっしゃ〜い」と出てきたのは、「砂かけばばあ」。
大体こういう家にはつき物なのだ。
宮本氏曰く「このばあちゃんは、俺ががきのころからばあちゃんだったんだ」
一同「?!」
「なに、宮本さんて、確か55歳だから、彼女は一体何歳なの?」
間口一間、ぷ〜ん、とすえた匂い。
コンクリートたたきの店内は、8畳程度の狭い部屋に木のテーブルが3つあり、入り口から右側には小さいカウンターがある。カウンターの中は厨房のようだ。
「奥の座敷がいいんじゃないかい?たけちゃん。くーらもあっからさ」と、砂かけさんは宮本氏が子供のときの呼び方のような言い方をする。
奥座敷へ行くのに、暗い板張り廊下は得体の知れないガラクタが占領していて、幅20cmぐらいしか歩く隙間がなく、往生してたどりついた部屋は、湿った畳の6畳間2部屋つづき。
窓のない異様な部屋である。
おんぼろエアコンが「うんうん」と音だけ立てているが、じめっと息苦しい。
部屋の奥に入ると、ぎしぎしと床下が鳴っている。根太が腐っているようだ。
変色した柱や鴨居の状況からして、明らかに戦前の木造物、いや大正、もっと昔かもしれない。
黄ばんだしみだらけの「おしながき」が壁に貼ってある。
もとはとんかつ屋だったのだろうか、とんかつのメニューだ。
そんな昔にとんかつなんてあったのかなあ、などと考えながら、部屋にある異様な置物
やら、時代がかった軸物などを見て回る。
砂かけ婆がビールを運んできた。
{解説:砂かけばばあ;漫画「げげげの鬼太郎」に登場する妖怪、年齢不詳、気に入らないやつには砂をかける}
冷たいビールでとりあえず乾杯する。宮本さんだけが上機嫌だが、あとの5人は落ち着かず、お化け屋敷に踏み込んだ客人のようだが、さっぱり涼しくない。
目の前のビール瓶をみて、ふと違和感を覚えた。
麒麟麦酒のラベルの感じがちょっと変っている。
なにか、昔の感じがしてならないが、気のせいだろう、と皆でわいわいやりはじめた。
砂かけさんがもずく酢と枝豆を運んできた。
「おやっ?」と思ったのは、さっきは浴衣のような和服ものを着ていたようだったが、いまは涼しげなワンピースを着ている。いつの間に着替えたのだろう。 顔や髪の様子に比べて、妙に若々しい手をしている。
かれこれ一時間は飲んだだろうか、ビールは飽きてきた。冷酒かなんか欲しいと、砂かけさんに頼むと、うちはキリンビ-ルしかないと言う。「全く、そんなのありかよ」、と思うがいたし方がない。
トイレに行こうと思って、また、障害物を乗り越えながら20cmの隙間を横ばいして、厨房のほうへ進むと、脇の部屋から厨房のほうに和服姿の若い美人が、すーっと横切って入っていった。
「なんだ、孫だかなんか知らんが、なんで彼女がお酌に来ないんだよう」と思いながら厨房へ顔をだす。
いつのまにかカウンタには年配の客が一人座っていて、ビールを飲んでいる。
その前で砂かけさんが料理を作っている。
「今の綺麗なお嬢さんは、お孫さんですか?」
カウンタに座った客は常連客らしく、「ここはばあさん一人でやってんだよう、どこにお嬢さんがいんだよう!いたら大変だぜ」
というが、ばあさんは私の問いかけには振り向きもせず、包丁を持つ手が震えている。
「いたら大変」という意味は何だろう?
トイレは怖そうなので我慢をして、部屋に戻ろうとしたとき、「あっ」と鳥肌が立った。
奥の部屋+廊下と厨房+カウンタ以外、他に部屋も戸もない。
一体、あの若い女はどこから出てきて、どこへ行ってしまったんだろう。
酔ったのだろうか?全く何がなんだかわからないが、このことは皆には黙っていようと決めた。
料理は、家庭料理というより、工場の給食と言ったほうがあたっている代物で、皆で「何のレバーだろう」と言って食べなかったレバーと玉葱の炒め物や、焼き魚などがてんこ盛りに大皿に乗せられてきた。
最後にメインデッシュらしく、またまた大皿にカツが沢山盛られて出てきた。
最初に箸でとったカツはひれカツで、なかなかうまかったが、よく見るとひれかつとは思えない、いろいろな形をした揚げ物が山盛りされている。
揚げ物と言うのは中身が見えないので、なんだかわからないものだ。
次ぎにとったものはポテトコロッケだった。これは、昔の味がして感心したが、やはりヒレカツをもうひとつ食ってみたかった。
でも、形からは良くわからないし、異様な形のもあるし、怖くなって、それ以上食べるのをやめた。
沢山飲んだような気もするが、妙に覚めていて、店を出ると浜風が心地よかった。
駅へ戻りながら、店を振り返って見ると、看板の明かりも店の明かりも消えてしまって
いた。
「俺が食ったカツは、ほんとにヒレカツだったのだろうか?そしてあのレバーは?」
「大体小料理屋だかとんかつ屋だか知らぬが、レーバーごってりと玉葱炒めなんて出すかよ」と、独り言を言った。
あのばあさんは妖怪で、一見客には若い女の姿で出て、知ったやつには婆で出て・・・・はたまた、若い女はばあさんの亡くなった娘で、お盆で帰ってきている?・・・とか・・・・考えても見たが、良くはわからない。
第一、あの街並みに、なんで忽然と廃屋の店が現れるのだろうか。
港未来21のきらびやかさからの落差が、私に幻覚を呼んだのだろうか?